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白河法皇の寵妃、祇園女御

祇園女御

■祇園女御について
平安時代後期の女性・祇園女御(ぎおんにょうご、生没年不詳)。
祇園社脇の水汲み女、源仲宗の妻、仲宗の子・惟清の妻ともいう。
白河法皇の寵妃・法皇の下級官女として仕え寵愛を受ける。

  • ●1104年頃、藤原公実の娘・待賢門院璋子を養女とし、法皇の養女として育てる。
  • ●1105年祇園社の東南に阿弥陀堂を建て住した。
  • ●1111年(1109年とも)仁和寺内に威徳寺を建立し晩年は移る。僧・禅覚を養子とした。
  • ●1113年六波羅蜜堂で一切経供養を営む。

権勢を誇るが女御宣旨は下らず祇園女御と通称され、東御方、白河殿とも呼ばれた。
白河院が、ある事件での武勲により、平忠盛の思慮深さを愛で祇園女御を贈ったという。
ただ、その時すでに女御は懐妊しており、法皇は女子であれば法皇が、男児であれば忠盛の子とするとしたという。
男児であったため、忠盛が育てたのが平清盛であったという。(『平家物語』巻6「祇園女御」)。
また、忠盛が賜ったのは女御の妹の方であり清盛は妹と法皇の子ともいう。
女御は養母であったともいう。
八坂神社境内に忠盛の伝承にまつわる忠盛灯籠が立つ。

祇園女御、平清盛

大河ドラマ「平清盛」で松田聖子さんが
祇園女御役を演じておられました。
https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2510/92067.html

祇園女御塚

祇園女御塚、京都祇園堂

祇園女御の住居跡とされる場所に「塚」があった。京都市東山区の祇園町の東側、円山音楽堂の西側だ。
(八坂神社の南東)この塚に触れると大変な不幸が訪れると言う伝説もあったが、1994年に「阿弥陀堂」及び「祇園女御塔」は京田辺市天王に移設。
現在は、塚に変わり小さな「祇園寺」が建立されており、祇園女御の墓もある。八坂神社境内には、平忠盛の灯籠が立つ。
祇園女御塚は京田辺から舞鶴市志高の古城山光明寺に移設された。
現在も歴史をたどりこの祇園女御塚に手を合わせに来られる方がおられます。